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最高裁判所第二小法廷 昭和42年(あ)2201号 決定

本籍

富山市長江七〇番地

住居

同市荒川一九九番地の二

会社役員

酒井信行

大正一四年一二月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四二年八月二四日名古屋高等裁判所金沢支部が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人島崎良夫の上告趣意は、事実誤認、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。また、記録を調べても、同法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外 裁判官 色川幸太郎)

上告趣意書

○昭和四二年(あ)第二二〇一号

被告人 酒井信行

弁護人島崎良夫の上告趣意(昭和四二年一〇月二六日付)

第一、原判決は、被告人乃至弁護人の主張を認容せずして、第一審通り被告人の所得を昭和三五年度は金七、六四二、三六三円、昭和三六年度のそれは金二三、〇七一、六五九円であると認定して居るが、右認定は著しく事実を誤認し、正義に反するものである。

即ち、

(一) 松浦久太郎に対する金六五万円の支払(昭和三五年度仕入及雑費の必要経費)

被告人は、同人に対し、同年一月八日金二〇万円(同年四月一日支払期日の約束手形)、一二月二九日金二九万円(同三六年二月二八日支払期日の約束手形)、同月三一日金一六万円(昭和三六年一月一四日支払の小切手)合計金六五万円を支払つて居るが、之はその内金五五万円は、鋼材の代金であり、その内金十万円は、機械の斡旋料である。従って、右金員は必要経費として是認されるべきものである。

この事実は、証人松浦の証言、被告人の第一審及び原審公廷の供述及び関係物証により充分認定出来るものである。

原審は、右支払は虚偽にして何等授受はなく、領収証等も偽造のものであると主張していたが、被告人側に於て金員の授受及び右領収証等の真正なることを立証したるところ、流石に第一審は、その授受を認めながらも全額を機械斡旋手数料として認定し、かかる手数料は必要経費に該当しないと、結局、被告人の主張を排斥する判断をして居る。第一審も原審もその認定は失当である。

成程、被告人及右証人は、査察官及検察官に対し、右金員は虚偽にして授受なく、しかも領収書は、被告人の妻が偽造した旨供述して居るも、それは、右松浦が古物商の免許を有しないもぐりブローカーで税金の申告さえしていなかったところにより、被告人に対する査察が行はれるや、脱税処分を恐れる右松浦よりの懇願により、敢て仮装のものであると申立てたからに外ならない。

更に、当時被告人側で作成していた支払調書にかかる支出の記載がないとしても、右調書は、正確なものでないことは記録上明白であり、(右調書に記載されていない支払も支払があつたと認定されているものが多数存する。)、之を以て判定することは相当でない。

(二) 村上滋次郎に対する支払(昭和三五年度外注工賃)

被告人は、第一審検察官の外注工賃額以外に同人に対し、同年度中に金十二万円の加工賃を現金で支払つて居る。之は、協和製作所関係のものである。この事実は、被告人の法廷に於ける供述及証人村上清造の証言により認定することが出来る。

第一審及び原審は、右十二万円のうち金一〇六、〇八〇円だけ是認し、残りの金一三、九二〇円をも認めなかつたのは不当である。

被告人の法廷に於ける供述こそ信用すべきものである。

(三) 酒井喜一及び北川政義に対する支払(昭年三六年度外注工賃)

被告人は、同年度中に、原審認定の外注工賃以外に、酒井喜一に対し現金で十回位に亘り金百五十万円、北川政義に対し、同年夏頃現金十万円を加工賃として支払つて居る。

この事実は、証人酒井喜一、同北川政義及び被告人の第一審法廷に於ける供述により充分認定することが出来る。

尤も、酒井は、その金額を金百十万円と証言しているが、同人の記憶違いであり、真実の金額は、被告人の原審供述の金百五十万円である。

被告人、右酒井及び右北川が、査察官及び検察官に対しこの事実を申し述べなかつたのは、酒井及北川に迷惑をかけない配慮に基づくものである。

原審が、被告人の主張を採用しなかつたのは不当である。

(四) 松枝信義に対する支払(昭和三六年度外注工賃)

原審は、同年度中に被告人が同人に対し、協和製作所関係の加工賃として金三十五万円を簿外に支払って居ると主張するところ、原審及び第一審は、被告人の主張のうち、一万五千円を認め其の余は認めるに足りる証拠はないと判示している。

併し、被告人の右主張は、証人松枝信義の証言及び被告人の法廷に於ける供述により明白である。

被告人及び同人が検察官及び査察官に対し真実を申し述べなかつたのは、同人を庇うためと、同人が取調の煩わしさを免れんとした事情に基づくものである。

(五) 西野秀雄に対する支払(昭和三六年度給料)

被告人の弟である同人は、被告人方の使用人であるが、昭和二八年より昭和三四年まで事業不振のため、他の従業員なみに賃金を支払うことが出来ず、事業に余裕が出た時、その不足分を支給するとの約束で交通費程度の金額しか賃金を支払つていなかつたので、昭和三六年同人が土地を求め、住宅を新築する際、右未払賃金分として金一九四万円を支払つて居り、必要経賃と認めるべめものである。

それは、貸金乃至贈与金ではない。右事実は、証人西野の証言及び被告人の当法廷に於ける供述により充分認定出来る。

然るに、原審が之を採用しなかったのは不当である。

尤も、同人及び被告人は、査察官及び検察官に対し、貸金であるとの供述をなしているが、之は査察官の指導に基づく虚偽のもので信用するに足りぬのである。

(六) 平面研磨盤の売却関係(昭和三六年度)

被告人は、同年九月七日平面研磨盤一台を代金一、八一五、〇〇〇円で買入れたが、親会社不二越鋼材工業株式会社よりの懇望により、間もなく売却することになり、翌二七年一月末、検収の上同年二月二八日その代金支払のために同日振出の額面二、一二二、〇〇〇円の約束手形一通を右会社より受取り、右平面研磨盤の所有権が同会社に移転したのは、昭和三七年に入つてからである。被告人の帳簿では、之を昭和三六年十二月二九日に売却した旨の記載は、誤りである。

従つて、之が売却代金は、昭和三七年度の譲渡収入に属し、之が減価償却費(昭和三六年九月より同年一二月までの)も当然必要経費となる。

原審は、減価償却の点に付、結論として被告人の主張を認めたが、譲渡収入の点に付、之が所有権は、昭和三六年一二月八日検収されて居るので、同日移転して居ると認定して被告人の主張を排斥した。

然し乍ら、被告人の右主張は、証人中浜伝治の証言、被告人の法廷の供述及び不二越貯蓄組合の証明書等により充分認定出来るところである。

(七) 不二越関係者えの支払(昭和三五年度及び同三六年度)

被告人は、昭和三五年度及び昭和三六年度に各二四万円を熱処理加工の報酬として熱処理係員に対し、また助田修に対し被告人方の業務に従事した報酬として各年度毎に金三十六万円を、更に右会社の従業員を自己の業務の為臨時に雇用し、その報酬として昭和三五年度に金六五万円、昭和三六年度に金一、八五二、〇〇〇円を各支払つたと主張しているが、之に対し、原審及び第一審は熱処理係員に対するものは全部認めたが、助田修に対するものは、金四八万円のみ認め、其の余のものは、之を認めるに足る証拠はないと判示して居る。

併し、被告人主張事実は、証人松田茂の証言、松田茂、助田修及び酒井重盛に対する意見聴取書謄本並被告人の法廷に於ける供述により充分認定出来るところで、右証拠は、信用性あるもので、之を採用しなかつた原審の証拠判断は不当である。

被告人の主張を全面的に採用すべきものである。

被告人が、右事実を捜査過程に於て秘匿したのは、その支払先が親会社の会社員にして、種々迷惑をかけることを虞れたからである。

(八) 事業所得率(純利益率)

被告人の主張は、一応具体的資料に基づいて算出したものに過ぎず、それ以外に被告人に於て関係者に累を及ぼす虞れ明白なる多額の交際費等の支出があるため、真実の所得は更に、大幅に減少するのである。

損益計算書より算出される事業所得を総売上金額で割ったものが事業所得率(純利益率)であるが、この率を検討すれば、当時の経済状勢よりその率が妥当なりや否やが判然とするのである。鉄工、工作機械等の下請企業の当時の標準所得率は、一〇%である。

原審検察官認定のものは、

昭和三五年度 一七・五六%

昭和三六年度 三二・〇三%

と著しく過大で問題とならないものであり、被告人主張の一応具体的資料による主張のものでは

昭和三五年度 一三・三三%

昭和三六年度 二三・一一%

であり、それとてもかなり高率のもので真実はもっと低率であるべきことを如実に示して居る。

富山税務署よりの照会結果にて明白なる如く被告人と同種の企業の当時に於ける所得率は、最低二・二%、最高一〇・五%である。

原審は、弁護人の主張を或程度採用したが、全面的に採用するに至らず、原審認定のものでも、その所得率は、依然として真実に反して高率のもので、真実に副はないものである。

当審に於ては、真相を更らに御賢察のうえ、被告人の主張を全面的に採用されるよう希求するものである。

第二、原審は、被告人に対し、体刑のほか、昭和三五年度の脱税につき、罰金三〇万円、同三六年度のそれにつき罰金一二〇万円の判決を言渡したが、左記情状に鑑み其の量刑甚しく重きに失し正義に反するものと信ずるので、罰金刑につき、原判決を破棄し、更らに、軽減され度い。

(一) 被告人が本件をなしたのは、同業者の競争に対抗するため、精密機械買入資金、従業員の退職金等多少余裕ある金を獲得したいとの動機に出たもので全く多数の従業員を擁する企業防衛の見地よりなしたもので、自己の遊興費資金乃至生活費の捻出等の不純なものは存在しない。

(二) 協和製作所の設立も、その売上を除外して脱税する計画的なものでなかつたが、結果的に偶然そのようになったに過ぎない。

(三) 他の関係者の依頼により、又はその者の利益のため、不本意乍ら逋脱の結果を生じたものも存する。

(四) 被告人自身、現在認めては居るが、被告人の妻が逋脱手続をとつていて、被告人本人が充分認識していなかつたのでないかと思われるものも少からず存する。

(五) 逋脱所得のうち、査察前に、その一部を修正申告して納税して居るものがある。

(六) 逋脱税額については、昭和三九年六月十一日より昭和四〇年二月五日迄のあいだに金四、六四八、〇〇〇円支払つて居り残額については、抵当権を国税局に対し、設定し、将来回収可能な状態になって居る。

逋脱税額は、現在尚支払を続けて居る。

(七) 被告人は、将来、真実の納税を誓約して居て改悔の情顕著である。

(八) 被告人は、今まで、尚現在も事業の鬼として油汗にまみれて昼夜兼行、鉄工業に精励して居て、事実一途の人物にして、派手な分不相応な生活をしたことはなく、質素な生活に甘んじて居る。

(九) 教育施設等に寄附し、昭和三六年四月、紺受褒章を受けたりして、各種方面より感謝状を受けたり、社会に寄与するところ大なるものが存する。

(十) 機械装置については予め税務署に届けておれば、本来大幅の減価償却が認められるべきところ、被告人は税法に暗くかかる手続をとらなかつた為不利な課税を強いられた面も存する。

(十一) 被告人の大半の収入は、逋脱税額の支払に充当されていて、生活に余裕なき実状にして、多額の罰金は、被告人の生活を不当に圧迫するものであります。

依つて、原判決を破棄し、相当の裁判を求める次第であります。

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